中小企業診断士二次試験事例1(平成29)

与件文

      A 社は、資本金 1,000 万円、年間売上高約 8億円の菓子製造業である。A 社の主力商品は、地元での認知度が高く、贈答品や土産物として利用される高級菓子である。A 社の人員構成は、すべての株式を保有し創業メンバーの社長と専務の2名、そして正規社員 18 名、パートタイマー中心の非正規社員約 70 名をあわせた約 90 名である。A 社は、2000 年の創業以来、毎年数千万円単位の規模で売り上げを伸長させてきた。近年では、全国市場に展開することを模索して、創業時から取り扱ってきた 3種類の主力商品に加えて、新しい菓子の開発に取り組んでいる。同社のビジョンは、売上高 30 億円の中堅菓子メーカーになることである。

    現在、A 社の組織は、製造部門、営業部門、総務部門の3部門からなる機能別組織である。部門長と 9名の正規社員が所属する製造部門は、餡(あん)づくり、生地づくり、成型加工、そして生産管理を担当している。また、自社店舗による直接販売は行っていないため、創業以来営業を担当してきた専務をトップに 6名からなる営業部門は、県内外の取引先との折衝や販売ルートの開拓のほか、出荷地域別にくくられた取引先への配送管理と在庫管理が主な業務である。非正規社員 70 名のうち毎日出社するのは 30 名程度で、残りの 40 名は交代勤務である。非正規社員の主な仕事は、製造ラインの最終工程である箱詰めや包装、倉庫管理などの補助業務である。人事・経理などの業務は、3名の正規社員から成る総務部門が社長の下で担当している。

    長期的な景気低迷期の激しい企業間競争の中で順調に売上規模を拡大することができたのは、A 社が事業を引き継ぐ以前の X 社時代から、現在の主力商品の認知度が地元で高かったからである。A 社の前身ともいえる X 社は、70 年近い歴史を誇る菓子製造販売業の老舗であり、1990 年代後半までは地元の有力企業として知られていた。創業当初、小さな店構えにすぎなかった X 社は、その後直営店をはじめ様々な販売ルートを通じて、和・洋の生菓子、和洋折衷焼菓子など 100 品目以上の菓子を扱うようになり、年間売上高は 10 億円を超えるまでになった。しかしながら、1990 年代後半バブル経済崩壊後の長期景気低迷の中で販路拡大・生産力増強のための過剰投資によって巨額の負債を抱え、事業の継続を断念せざるを得なくなった。それに対して、当時、県を代表する銘菓として人気を博していた商品が売り場から消えてしまうことを惜しみ、菓子工業組合に贔屓(ひいき)筋がその復活を嘆願するといった動きもみられた。さらに、県内外の同業メーカーからその商標権を求める声も相次いだ。

    その商標権を地元の菓子工業組合長が X 社社長から取得していたこともあって、A 社に譲渡することが短期間で決まった。もちろん、A 社社長が X 社の社員であったということは重要な点であった。1970 年代半ばから長年にわたって営業の最前線でキャリアを積んだ A 社社長は、経営破綻時に営業課長の職にあった。一連の破綻処理業務で主要取引先を訪れていた折に、販売支援の継続を条件に商品の存続を強く求められたことで一念発起し、事業の再興に立ち上がったのである。

    企業経営者としての経験がないといった不安を抱えながらも、周囲の後押しを受けて A 社社長が過半数を出資し、X 社で共に働いていた仲間 7名もわずかな手持ち資金を出資して事業再建の道をスタートさせた。主力商品だけに絞って、商品名を冠にした新会社設立の準備を急ピッチで進めた。資金の不足分については、県の支援で低利融資で賄った。とはいえ、かつてと同じ品質や食感を出すために必要な機器を購入するためには多額の資金が必要であり、昔ながらの味を復活させるには、その後数年の年月がかかっている。餡(あん)づくりはもとより、旧式の窯を使用した焼き上げ工程を含めて菓子づくりのほとんどが、人手による作業であった製造工程を大幅に変更し、自動化によって効率性を高められるようになったのは、現在の工場が完成する 2005 年であった。

    製造設備面の課題こそあったものの、商品アイテムを主力商品だけに限定してスタートした A 社は、創業直後から一定水準の売り上げを確保することができただけでなく、年を重ねるにつれ売り上げを伸ばし続け、今日の規模にまで成長したのである。2000 年代半ばには増資して、手狭になった工場を、そこから離れた郊外の、主に地元の企業を誘致対象とした工業団地に移転させた。また、その新工場は、食品製造の国際標準規格である HACCP(ハサップ)に準拠するとともに、銘菓といわれたかつての商品に勝るとも劣らない品質や食感を確保し、現在の 3種類のラインアップの焼菓子を日産 50,000 個体制にまで整備した。

    しかし、創業からおよそ 17 年の時を過ぎたとはいえ A 社の主力商品は、前身である X 社が築きあげてきた主力商品に依存しており、A 社が独自で創りあげたものではないことは事実である。かねてより目標として掲げてきた全国市場への進出の要件ともいうべき首都圏出店の夢もいまだにかなっているわけではない。売上高 30 億円というビジョンを達成するためには、全国の市場で戦うことのできる新商品の開発が不可避であるし、それを実現していくための人材の確保や育成も不可欠である。

    17 年の時を経て、共に苦労を乗り越えてきた戦友の多くが定年退職した A 社は、正に「第三の創業期」に直面しようとしているのである。

第1問(配点 20 点)

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    景気低迷の中で、一度市場から消えた主力商品を A 社が再び人気商品にさせた最大の要因は、どのような点にあると考えられるか。100 字以内で答えよ。

第2問(配点 20 点)

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    A 社の正規社員数は、事業規模が同じ同業他社と比して少人数である。少人数の正規社員での運営を可能にしている A 社の経営体制には、どのような特徴があるのか。100 字以内で答えよ。

第3問(配点 20 点)

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    A 社が工業団地に移転し操業したことによって、どのような戦略的メリットを生み出したと考えられるか。100 字以内で答えよ。

第4問(配点 20 点)

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    A 社は、全国市場に拡大することでビジョンの達成を模索しているが、それを進めていく上で障害となるリスクの可能性について、中小企業診断士の立場で助言せよ。100 字以内で答えよ。

第5問(配点 20 点)

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    「第三の創業期」ともいうべき段階を目前にして、A 社の存続にとって懸念すべき組織的課題を、中小企業診断士として、どのように分析するか。150 字以内で答えよ。

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